カッコウの鳴き声で目が覚める。
ホテルで朝食をとり、打ち合わせを行う。
12:00で打ち合わせは、終わり午後はスポットで空きが出来た。
これは嬉しい時間である。
こんな事は殆ど無い。
まずは、克雪ドームへ向かう。とりあえず表から見るだけ。

次は
立佞武多の館へ
青森のねぶたは見た事があったが立ねぷたは初めてである。
建物の中に入るとエレベータで4Fに案内される。
これは圧巻である。
ねぷたはこんなに大きいものとは知らなかった。
高さは14mあるという。
とにかく圧巻である。

言葉が見つからない位である。感動である。
帰りに製作現場を見せて見せてもらう。

感動が納まらぬまま、エルムシティーのラーメン街道で昼食(内容は暴飲暴食で)
次は、旧金木町へハンドルを切る。
目的は斜陽館と津軽三味線観光記念館。
斜陽館は言わずと知れた太宰治記念館であり旧津島邸である。

今更、私がつべこべ能書きを垂れる必要性は無いであろう。
しかし、よく明治の時代にこんな立派な建築物をこの地に建てたものである。さすがに、太宰の父が青森県で長者番付4位だっただけはある。
次に、向かいにある津軽三味線観光会館に向かい、津軽三味線の生演奏を堪能する。

津軽三味線の余韻に浸りながらここから横道にそれ林道を走る。

向かったのは、

樹齢800年のヒバである。何でも12本に分れてヤスの様なので『12本ヤス』と言うらしい。
それにしても山の中。
『昨年熊が出ました』との看板がある。この入り口である。

人っ子一人いない林道に車を止める。

とぼとぼと滑る階段を登る。『熊出ねぇだろうな・・・』心配である。
わずか、50m位だろうか・・・凄く長く感じる・・・
やっと到着。
これにも圧倒された。
正に森の主である。
もう、前に佇んでいるだけで人生観が変わりそうである。
とにかく、樹齢800年は私の時間とは違いすぎるのである。
しばらく、動きが取れなかった・・・
我に返った・・・『熊だ熊が出たらどうしよう・・・』私は森の男の様に勇者ではない・・・ツクバ辺りでコケてヘコんでいるヤサ男なのだ。
熊なんか出たら、多分気を失うだろう・・・
とにかく、正気に戻ったら転げ落ちる様に滑る階段を駆け下りた。
車に戻ったらこっちのもんである。
だから、駄目なんだよな・・・情けない。
今、来た林道を気分はバタネンで走り抜ける。
舗装路に戻り、十三湖に向かう。
途中、踏み切りで『走れメロス号』と出会う。

一度、津軽鉄道のストーブ列車には乗ってみたいものである。
十三湖はまだ小学生だった頃、上野から583系はつかりで青森の親類の家に遊びに来た時に、叔父がヒルマンをぶっ飛ばし林道を走り抜け連れて来てくれた事がある。その叔父も他界してしまった。そんな少年の頃の思い出の十三湖に約40年ぶりで訪れた。

風が強く、時間も無いし御土産屋もやっていないので思い出はそのままに竜飛岬へ急ぐ。
小泊を過ぎると快適なワインディングロードである。
平日と言うことで走っている車は皆無である。
いい調子で1→2→3を駆使してV6NA3.5Lをぶん回していたら、ブレーキが怪しくなってきた・・・熱ダレしてきてしまった。ゆっくり踏むとガタガタガタと・・・
峠を上り詰め、展望台へ。かなたに北海道が見える。

下に見えるのは竜飛岬である。
峠を下り、風力発電の袂でパチリ

やっと竜飛岬である。
有名な階段国道。

灯台まで登ると終着点である。

この竜飛岬も思い出がある。学生の頃、ベニックス改のキャンパーで東京からひたすらこの竜飛岬を目指し、自転車旅行をした事があった。
あの頃は、自転車旅行か青春18切符しか旅の方法論がなかった。
しかし、感動はあの頃の方があったのは確実である。
岬の先まで行こうかどうか迷ったが、強風と寒さで挫けてしまった。
歳だね。
今度は、陸奥湾沿いに青森を目指す。
今日の宿は、3ルート青森。
ホテル到着後、同僚と合流し夕食へ。
駅前通りのじょっぱりへ
ねぎみそ

と、じゃっぱ汁

酒はじょっぱり
美味しくいただき、気分良く酔い、おやすみなさいZzzzz